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京都地方裁判所 昭和41年(行ウ)7号 判決

原告

仲直三郎

右代理人

家藤信吉

家藤信正

被告

上京税務署長

山本三嘉

右代理人

渡辺丸夫

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、原告の昭和三四年ないし三六年分(本件各係争年分)の各総所得金額について、被告は、これを別表二(五)欄記載の各金額であると主張し、原告は別表一(二)欄記載の申告額のとおりであると主張するので、以下検討する。

原告は、生糸撚糸の卸販売を業とする青色申告者であり、その本件各係争年分の配当所得、不動産所得、譲渡所得の各金額がそれぞれ別表二(一)ないし(三)欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない。そして、旧所得税法第九条第一項第四号、第一〇条第二項によれば、事業所得金額は、当該事業にかかるその年中の総収入金額から、これを得るために必要な経費(以下、単に必要経費という。)を控除した金額であるところ、原告の本件各係争年分の事業所得にかかる総収入金額が別表(一)欄記載のとおりであり、これに対応する必要経費が同表(二)欄記載の各金額を下らないことについては当事者間に争いがない。

三、被告は、原告が必要経費として申告した別表四記載の各金額が必要経費に該当しないと主張し、原告はこれを争うので、以下判断する。

1  「借入金に対する支払利息の一部」について

(一)  別表四(一)欄記載の「借入金に対する支払利息の一部」の明細が別表五記載のとおりであることは当事者間に争いがない。したがつて、右支払利息が必要経費に該当するかどうかは、その元本たる銀行借入金が原告の事業目的と関連性を有し、事業上必要なものと認められるか否かによつて決せられるものと解される。

(二)  ところで、右銀行借入金が借入と同時にその金額を定期預金としたいわゆる両建分借入金であることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉および当裁判所に顕著な事実によれば、従来金融取引上とかく問題とされてきた両建分借入金およびこれに対応する両建預金と呼ばれるものは、金融機関が貸付をするに際し、貸付金の担保として、借受人に対し、右貸付金の一部を預金とすることを強制してこれを拘束し、払出を制限している場合の借入金および預金のことをいうものとされている。右の場合、借入金の一部は両建預金として拘束されるが、その残部は借受人が貸金として利用し得るわけである。しかるに、本件においては、借入と同時に定期預金を設定したいわゆる即時両建であり、しかも借入金の金額を預金としたものであること前記のとおりであるから、右通常の場合とは異なり、原告は、本件両建預金の設定に際して何ら直接使用し得る資金を得ていないことは明らかである。原告は、本件両建預金の拘束性を解くことによつて資金を獲得できる場合があると主張するけれども、差引計算の中で最も確実かつ簡便な方法とされている当該両建預金と貸付金との相殺をしないで、預金の拘束のみを解除することは金融取引の常識上ほとんど考えられないところである。

したがつて、右に説示した限度においては、本件両建分借入金は原告の事業目的と関連性を有していないものといわざるを得ないが、しかし、本件両建分借入金が直接事業資金として利用されることはないとしても、本件両建預金の設定により、現実に原告の事業に使用されている借入額および手形割引額または借入枠および手形割引枠(以下、一括して債務総額ともいう。)が増大したとか、右の増大がみられないとしても、従前の債務総額を維持するために、それまでの担保に加えて、新たに本件両建預金設定の必要性が生じたなど、何らかの意味で本件両建預金が担保的機能を果たすことにより事業資金獲得に寄与していること、すなわち本件両建預金について、被告の使用している意味での担保性が認められるとすれば、なお本件両建預金ひいては本件両建分借入金は、原告の事業目的と関連し、事業の遂行上必要なものであつたという余地がある。

(三)  そこで、右の点について考察するに、

(1) まず、右のごとき本件両建預金の担保性の有無を判断するためには、原告の銀行取引経過なかんずく債務残高(借入額および手形割引額)の定期預金残高に対する割合(以下債務割合という。)の推移を各取引銀行別に検討することが有益であると考えられるところ、右の経過を取引銀行別に表示したものが別表九の(一)ないし(五)であることについては当事者間に争いがない。右各表の記載ならびに〈証拠〉によれば、原告の資金の調達は大部分商業手形の割引によつており、手形貸付による借入金別表九(6)欄)は、京都銀行を除き、本件両建分借入金発生以前は皆無であること、原告の債務額の担保とみられる定期預金設定開始前から相当額存在していること、定期預金残高合計額の増加分のうち、本件両建預金の占める割合は大きいが、本件両建預金を除く即時両建によらない定期預金残高の増大に伴つて借入金残高および手形割引残高も増加しているが、右のうち借入金残高の増加分の殆んどの部分は本件両建分借入金であること(同表(6)欄の借入金残高のうち、同表(3)欄に相当する額が本件両建分借入金である。)、債務割合の推移をみると、本件両建預金および本件両建分借入金を含めた場合(同表(8)欄)、本件両建預金設定後の債務割合は、設定前のそれに比して総じて低い数値を示しており、二倍にも満たないものが多くみられること(このことは、定期預金残高が債務残高の五〇パーセントを越えることを意味している。)、これに対し、本件両建預金および本件両建分借入金を除外した場合の債務割合(同表(9)欄)は、およそ本件両建預金設定前の数値を維持しているか、むしろわずかに低下の傾向を示していること(右債務割合の対比を要約したものが別表六記載のとおりであることは当事者間に争いがない。)が看取できる。

右の事実によれば、本件両建預金の設定による定期預金総額の増加割合に対応するだけの借入金および手形割引額の増加が認められないということができる。原告は、原告の業種における生糸の取引はいわゆる季節取引であるから、季節を単位としてその間の債務割合を算出して比較すべきであると主張するが、前記別表九の各表は、債務額につき各期間中の最高額を表示したものであるから、原告主張の右方法で債務割合を算出しても同表に基づくそれと大差はなく、何ら右の結論を左右するものとは思われない。

(2) つぎに、本件両建分借入金が原告の事業目的に関連するものとして取扱われると、右借入金の支払利息は全額必要経費に算入されるのに対し、本件両建預金の受取利息は、本件各係争年分当時の租税特別措置法第三条に基づく利子所得の分離課税により一〇〇分の一〇という低い税率の適用を受けることになること、その結果、原告は、本件両建分借入金が事業目的に関連しないものとして取扱われる場合に比して、別表七の(七)欄記載の各金額の利益を得ることになることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、昭和三七年八月ごろ、当時上京税務署に勤務していた四方俊彦が原告の本件係争年分の所得税について調査に赴いた際、原告が同人に対し、「本件のような両建預金を設定すれば、利子分離課税制度により税務対策上有利になるということを富士銀行の人に教えてもらつた。こうすれば、事業の方は赤字でも、預金利息がたまつているから懐勘定としては悪くはない。」という趣旨の発言をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(3) 別表五に記載した原告の五取引銀行分について、昭和三四年から同四一年にかけての銀行借入金等の推移を指数で表示したものが別表八記載のとおりであることは当事者間に争いがないところ、右の表ならびに〈証拠〉によれば、原告は、昭和三八年一月ごろ個人経営から法人組織に改組し、仲直商事株式会社を設立したこと、本件両建預金および本件両建分借入金は昭和三七年以降急速に解消され、右組織変更のなされた昭和三八年中にはその殆んどが消滅していること(法人には前記利子分離課税の適用はない。)、それにもかかわらず手形割引額は依然として順調に増大していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右(1)ないし(3)の事実を総合すれば、原告において他に特段の事情を主張立証しない限り、本件両建預金は、借入金および手形割引枠の維持増大のための担保として銀行側の強要により設定されたものではなく、利子分離課税制度を利用して租税回避を図る目的で原告が任意に設定したものであつて、前記担保性を有しないものと推認するのが相当である。

原告が、前記第四の(反論)において強調する本件両建預金の発生原因たる事実は、右の特段の事情の主張と解し得るので案ずるに、〈証拠〉によれば、本件両建預金の一部について担保権が設定されていることがうかがえるけれども、右は原告の意を受けた取引銀行側が単に形式上のみこれを設定しものとも考え得るから、右の一事をもつて直ちに本件両建預金が本件両建分借入金以外の借入金または手形割引額に対してまで実質的にも担保性を有するものとまでは認めることができず、原告の右主張に副う〈証拠〉は、前記(1)ないし(3)の事実に照らしてたやすく信用し難い。また、原告の右主張に合致するかにみえる鑑定人中野淑夫の鑑定も、両建分以外の借入金および預金と本件のような全額両建の場合とを区別することなく論じたものであり、本件両建預金の設定と借入金および手形割引額等の増大との因果関係についての分析も十分になされていないので、採用することができない。

そうすると、原告は、他に何ら右特段の事情を認めるに足りる証拠を提出しないから、本件両建預金の担保性は、これを否定するほかない。

(四)  以上の次第であるから、本件両建分借入金は、原告の事業目的と関連し、事業の遂行上必要なものであつたということはできず、したがつて、これに対する支払利息は必要経費に該当するものとはいえない。

2  「旅費の一部」について

別表四(二)欄記載の昭和三六年分「旅費の一部」金三三七、三〇〇円は、原告が昭和三六年一一月に東南アジア視察旅行と称してなした旅行の費用の一部であること、および原告の事業は海外商社等との取引関係がなく、右旅行は観光旅行にすぎないことは原告の自認するところである。

したがつて、右旅費の一部が必要経費に該当しないことは明らかである。

四そうすると、別表四記載の各金額はいずれも必要経費に該当しないから、原告の本件各係争年分の事業所得にかかる必要経費は別表三(二)欄記載の各金額、事業所得金額は同表(三)欄記載の各金額となり、したがつて、原告の本件各係争年分の総所得金額は、被告主張のとおり、別表二(五)欄記載のとおりとなる。

五よつて、いずれも右各総所得金額の範囲内でなされた本件更正処分はすべて適法であつて、その取消を求める原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田常雄 伊藤博 鳥越健治)

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